フィリピン海プレートの現在と南海トラフ|最新観測データで迫る真相
日本列島の地質学的な歴史の中で、最も劇的なドラマをもたらしたのが伊豆半島の衝突経緯です。今から数百〜数千万年前、伊豆半島は本州の一部ではなく、フィリピン海プレートに乗って南洋から移動してきた火山島群(現在の小笠原諸島のような島々)でした。海洋プレートの北上に伴い、約100万年前に本州(当時の本州弧)へと衝突。島は沈み込むことができず、本州側にめり込む形で合体し、現在の伊豆半島を形成しました。
この強力な衝突は、本州中央部の地殻構造を激しくねじ曲げました。衝突の境界付近では丹沢山地や赤石山脈(南アルプス)が急激に隆起し、本来直線的であったはずのプレート境界は伊豆半島を回り込むように急カーブを描くことになったのです。その西側の境界が「駿河トラフ」であり、東側の境界が「相模トラフ」です。
相模トラフは、1923年の関東大震災(大正関東地震・M7.9)を引き起こした震源断層そのものです。首都圏の地下構造は、上から「陸のプレート(北米プレート)」、その下に南から潜り込む「フィリピン海プレート」、さらにその下から東から潜り込む「太平洋プレート」が重なり合う、世界でも類を見ない三重のプレート重なり構造を形成しています。
中央防災会議が警戒を呼びかける相模トラフ沿いの地震や首都直下地震(M7クラス)は、単一の断層破壊にとどまりません。フィリピン海プレートの上面境界で起きる地震、プレート内部の断層破壊(スラブ内地震)、そしてプレートが陸側を突き上げることで生じる内陸活断層の連動など、複数のパターンが存在します。南洋から運ばれてきた伊豆の衝突痕は、数百万年を経た今もなお、首都・東京の真下に巨大な破壊エネルギーを送り込み続けています。