勝率9割6分超!最強力士・雷電爲右衛門が横綱になれなかった真相
雷電が活躍した寛政年間は、相撲史において「江戸の寛政黄金期」と称されます。その中心にいたのが、谷風・小野川・雷電の「三傑」です。
雷電の才能を最初に見出したのは、当時すでに大横綱として天下に名を轟かせていた谷風でした。長野の片田舎から出てきた若き雷電の素質を見抜いた谷風は、自らの稽古場で胸を出し、徹底的に相撲の基本と礼節を叩き込みました。雷電が初土俵を踏んだ寛政2年11月場所では、谷風の指導を受けた雷電がいきなり8勝無敗2預の好成績を収め、鮮烈なデビューを飾っています。
小野川との対戦でも雷電は幾度となく名勝負を繰り広げ、谷風の急逝後は小野川と共に相撲人気を牽引しました。三傑はお互いの卓越した実力を認め合い、土俵上では一切の妥協を許さない真剣勝負を繰り広げつつ、土俵外では深い敬意で結ばれていました。