水木しげるの壮絶な戦争体験と左腕切断の真相|ラバウル生還の全貌
Q1:水木しげるが左腕を失った直接の原因と当時の階級は何ですか?
A1:ラバウル後方でマラリアにかかり療養中、米軍機による不意の爆撃を受け、左腕に重傷を負いました。傷口の壊死を防ぐため、麻酔のない過酷な環境下で軍医による切断手術を受けました。当時の階級は二等兵(後に一等兵、上等兵)でした。
Q2:代表作『総員玉砕せよ!』はどこまで実話に基づいているのですか?
A2:水木氏自身が「90%は事実」と語っている通り、自身が所属した部隊の壊滅劇(ズンゲンの戦い)と、近隣で起きたバイエン支隊の玉砕事件を極めて忠実に再現しています。登場人物の多くにも実在のモデルが存在します。
Q3:なぜ終戦後すぐに帰国せず、現地に永住しようと考えたのですか?
A3:左腕を失い失意の中にあった水木氏を、現地先住民族「トライ族」が集落の家族として温かく受け入れてくれたためです。軍隊の暴力と対極にある人間らしい生活に深く感銘を受け、本気で現地への帰化を希望しましたが、周囲の説得により帰国を選びました。
Q4:水木しげるが残した最も有名な戦争にまつわる名言は何ですか?
A4:「戦争なんて、くだらない。腹がへったら食べ、眠くなったら寝る、それが本当の人間だ」「死んでは何にもならない、生き残ることが一番の戦いだ」といった、生の尊厳と組織批判をストレートに表した言葉が今も多くの人々に語り継がれています。