江戸城無血開城の真相|勝海舟と西郷隆盛の決断と裏側の全貌
無血開城のドラマにおいて、勝と西郷の友情物語の陰に隠れがちなのが、イギリス公使ハリー・パークスによる強烈な外交プレッシャーと、大奥を統率した女性たちの命がけのロビー活動です。
当時、日本における最大の貿易相手国であったイギリスの公使パークスは、新政府軍に対して明確な警告を発していました。パークスは「恭順の意を示している慶喜に対して武力攻撃を行い、万一江戸の町や外国人の生命・通商利益を脅かすならば、新政府軍を文明国とは認めず敵対行動とみなす」という旨を強く通告。新政府にとって、国際的な正統性を獲得するために列強の承認は不可欠であり、この外交的圧力が西郷ら強硬派の方針転換を後押しする決定打となりました。
さらに、大奥のトップであった天璋院篤姫(薩摩藩出身、13代将軍家定正室)と静寛院宮和宮(皇族出身、14代将軍家茂正室)の存在も外せません。篤姫は出身母体である薩摩藩首脳陣や西郷に対し「徳川家と慶喜の助命」を求める書状を送り、和宮もまた京都の朝廷へ嘆願書を提出しました。朝廷と薩摩の両ルートから新政府の「大義名分」を縛り上げた女性たちの政治的知略こそが、無血開城を下支えした隠れた真相です。