久保田早紀の若い頃の美貌伝説!電撃引退の真相と久米小百合の現在
1984年、26歳という若さで発表された引退宣言は、世間に大きな衝撃を与えました。なぜ彼女はトップアーティストとしての地位をあっさりと手放したのか。当時の手記や本人の回想インタビューから浮かび上がるのは、複合的な3つの要因です。
第1の理由は、「異邦人」というメガヒットの重圧と商業主義への違和感です。「異邦人」の大ヒットによって、世間は彼女に常に「オリエンタルでミステリアスな異国の歌姫」というパブリックイメージを求め続けました。しかし本来の彼女が志向していた音楽は、もっと日常に寄り添うクラシカルで素朴なポップスでした。ヒット曲の呪縛と求められる偶像とのギャップに、若き日の彼女は深く苦悩していました。
第2の理由は、キリスト教への深い信仰(受洗)です。彼女はデビュー前から教会に通っていましたが、多忙を極める芸能活動の中で自らの精神的な支柱として信仰を深め、1981年にバプテスマ(洗礼)を受けました。「商業音楽の競争の世界ではなく、祈りや人々の心の癒やしのために音楽を捧げたい」という想いが次第に強くなっていったのです。
第3の決定打となったのが、音楽家・久米大作氏との結婚でした。元ザ・スクエア(現T-SQUARE)やプリズムのメンバーとして日本のフュージョン界を牽引していた久米大作氏と出会い、1984年に結婚。「久保田早紀」としての商業活動に終止符を打ち、本名である「久米小百合」として家庭と信仰に根ざした新たな音楽人生を歩む決断を下したのです。1984年11月、九段会館でのファイナルコンサートをもって、彼女は華やかな芸能界から静かに身を引きました。