大原麗子の死因と孤独死の真相|病魔ギラン・バレー症候群と壮絶な晩年
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大原さんを生涯苦しめ続けた最大の病魔が、手足の運動神経が麻痺する国指定の難病「ギラン・バレー症候群」です。最初に発症したのは人気絶頂期だった1975年、29歳の時でした。重度の麻痺と激しい痛みに耐え、約1年間の休養を経て奇跡的な復活を遂げましたが、この難病の影は消え去りませんでした。
悪夢が再び訪れたのは1999年のことです。ギラン・バレー症候群が再発し、手足の痺れや歩行困難、筋力低下によって思うように動けない身体へと追い込まれました。完璧主義者として知られた大原さんにとって、女優として思い通りの演技ができない苦痛は想像を絶するものでした。
さらに追い打ちをかけたのが、うつ病の併発と整形手術の後遺症でした。晩年、目元の印象を変えようと受けた美容整形手術(眼瞼下垂の治療を兼ねた手術とも言われています)が思わぬ結果を招き、視界の違和感や顔の腫れに悩まされることになります。自身の代名詞であった美貌が損なわれたと思い詰めた彼女は、強い対人恐怖に陥り、親しい知人や仕事関係者との接触を自ら断ち切るようになっていきました。