ラストエンペラー溥儀の数奇な生涯|紫禁城追放から晩年の庭師まで

ラストエンペラー溥儀の数奇な生涯|紫禁城追放から晩年の庭師までの特集記事をお届けします。専門的な知識が満載です。

溥儀は1906年、清朝皇族の醇親王載灃(じさいほう)の長男として北京に生まれました。わずか2歳10カ月だった1908年、清朝の実権を握っていた西太后の指名により、第12代皇帝(宣統帝)として即位。生母から無理やり引き離され、何百人もの宦官に囲まれる異様な宮廷環境の中で幼少期を過ごすことになります。

しかし即位からわずか3年後の1911年、辛亥革命が勃発。翌1912年には中華民国の成立に伴い、わずか6歳で正式に退位を余儀なくされました。退位後も「清室優待条件」によって皇帝の尊号を保持し、莫大な手当を受けながら紫禁城の後宮で生活を続けることが許されていましたが、その立場は極めて不安定でした。

溥儀が完全に紫禁城を追放された直接の引き金は、1924年に軍閥の馮玉祥(ふうぎょくしょう)が起こしたクーデター「北京政変」です。馮玉祥は優待条件を一方的に破棄し、溥儀に対してわずか数時間以内の退去を命じました。何世紀にもわたって歴代皇帝が君臨した紫禁城からの追放は、溥儀にとって精神的な断絶であり、清朝再興のために国外勢力(日本)を頼る決定的な契機となったのです。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。