「ひのえうま」恐れられる真相とは?迷信の歴史と令和の出生率

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日本人が長い歴史のなかで育んできた干支の数々。その中でも特に異彩を放つのが、十干の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」が重なる丙午だ。どちらも「火」の性質を強く帯びるとされ、古来陰陽五行説において激しいエネルギーを象徴すると解釈されてきた。

この観念を過激な俗信へと昇華させた最大の引き金が、江戸時代前期の天和3年(1683年)に火刑に処された少女、八百屋お七の事件である。恋人に会いたい一心で放火事件を引き起こしたとされる彼女の物語は、庶民の間で格好のゴシップとなった。これを目ざとく取り上げたのが、当時の大人気作家であった井原西鶴だ。彼の代表作である『好色五人女』によってお七の生き様が情熱的かつ悲劇的に描かれ、劇化や口伝を通じて「丙午生まれの女は火の気が強く、男を滅ぼす」というパブリックイメージが日本中に固定化されていく。

都市の民衆心理を研究する民俗学の立場から見れば、これはまさに娯楽メディアが作った虚構が、時間をかけて「都市伝説」から「不可侵の禁忌」へとすり替わった典型例と言える。市井の人々は物語を面白がり、やがてそれを現実の婚姻や出産におけるタブーとして恐怖するようになったのだ。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。