横浜中華街の象徴「聘珍樓」はいま。名店の秘伝レシピと再始動の真実
明治17年(1884年)、幕末の開港から間もない横浜の地に産声を上げた聘珍樓。清国の料理人が開いた小さな中華料理店は、やがて日本における高級中華料理の代名詞へと成長を遂げた。元町や山手に暮らす外国人居留民をはじめ、政財界の重鎮、文化人たちがこぞって足を運び、極上の皿に舌鼓を打ったという。
関東大震災や太平洋戦争の戦火など、幾多の苦難を乗り越えて暖簾を守り続けてきた歴史は、まさに横浜中華街の歩みそのものだった。時代が昭和から平成、令和へと移り変わるなかでも、妥協を許さない伝統の技と洗練されたおもてなしの心は、多くの人々の特別な日を彩り続けてきたのである。