桂三枝の現在と真実|新婚さん降板理由から六代文枝の葛藤まで徹底追跡
一般の視聴者にとって最も大きな転換点となったのが、2012年7月16日、69歳の誕生日に敢行された「六代 桂文枝」の襲名でした。「桂三枝」という名前は、単なる芸名を超えて日本中に浸透した巨大なブランドでした。広告代理店関係者からも「改名による知名度やCM契約のリスクは計り知れない」と懸念された中、なぜあえて看板を掛け替えたのでしょうか。
その背景には、師匠である五代目 桂文枝に対する深い恩義と、衰退の危機にあった上方落語界を救うという使命感がありました。五代目文枝は、戦後滅亡寸前だった上方落語を復興させた「上方落語の四天王」(六代目笑福亭松鶴、三代目桂米朝、三代目桂春団治、五代目桂文枝)の一人です。1966年に五代目に入門した若き日の河村静也(本名)は、タレントとして多忙を極める傍らで、師匠の温かい教えを常に心の支えにしていました。
師匠が2005年に亡くなった後、上方落語協会の会長に就任していた三枝は、名跡の継承が上方落語界全体の求心力になると確信します。自身のタレント人気を捨ててでも、「文枝」という名跡を背負って高座に専念する覚悟を示すことで、後輩落語家たちに古典と新作の融合を促し、流派を超えた結束を固める狙いがありました。桂文枝 襲名 理由は、自己保身とは対極にある「上方落語という伝統文化を未来へ残すための重い決断」だったのです。