日本代表のフランスW杯激闘録!カズ落選の真相と歴史的ドラマの全貌
迎えた1998年フランス大会本番、1998年フランスワールドカップ日本代表メンバーは、厳しい世界の現実を突きつけられることになります。日本が配されたグループHでのフランスワールドカップ日本代表グループリーグ結果は、以下の通り3戦全敗という苦杯をなめました。
初戦の相手は、バティストゥータやベロンらを擁する南米の雄アルゼンチンでした。日本は統率の取れた守備で粘りを見せたものの、一瞬の隙を突かれて0-1で敗戦。続く第2戦は、今大会で3位へと躍進するスーケル擁するクロアチアとの対戦となり、酷暑の中で奮闘しながらも0-1で惜敗します。この日本代表の対戦成績(アルゼンチン・クロアチア)が示すように、守備では一定の通用を見せたものの、決定力の差を見せつけられる展開が続きました。
迎えた最終節ジャマイカ戦、2点を先行される苦しい展開の中で、後半29分に歴史が動きます。相馬直樹のクロスを頭で折り返したボールに、泥臭く飛び込んだのが背番号9・中山雅史でした。右足を負傷しながら押し込んだこの一撃こそが、中山雅史による日本代表ワールドカップ初ゴールです。試合は1-2で敗れたものの、この骨折をも厭わない気迫のゴールは、日本が世界に刻んだ誇り高き第一歩となりました。
また、この3試合を通じて世界中のスカウトの目を奪ったのが、当時21歳だったフランスW杯での中田英寿の活躍です。アルゼンチンやクロアチアの世界的名手を相手にしても当たり負けせず、鋭いキラーパスを配球し続けた中田は、大会直後にイタリア・セリエAのペルージャへと移籍。日本人選手が欧州トップリーグで主力として活躍するパイオニアとなりました。